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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2139号 判決

主文

原告らの被告らに対する本訴請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら、

1  原告らに対し、被告三由文子、同桝原悦子は、別紙第一物件目録(以下第一土地という)、同桝原悦子は、同目録第二(以下第二土地という)、同丸楽紙業株式会社は、同目録第三(以下第三土地という)記載の各土地につき、所有権移転登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら、

1  本案前(被告三由、同桝原)

原告らの訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案

主文同旨

第二、当事者の陳述

一、原告らの請求原因

(一)  請求趣旨掲記の各土地(以下本件各土地という)はもと、訴外亡榎村滝三の所有に属したところ、大阪府知事は、自作農創設特別措置法三条一項一号(以下自創法という)に基き、買収処分をし、昭和二四年七月二日付で訴外亡三由寅吉に売渡処分をした。

(二)  右買収処分には次の重大かつ明白な瑕疵が存在したから該処分は無効である。

(1) 本件各土地は非農地である。

本件各土地は大阪市城東区画整理組合地区に属するところ、同組合は、昭和一一年九月二八日、旧都市計画法第一二条第一項に基き、大阪府知事の設立認可を得て設立せられ、爾来同組合は、本件各土地を含む、区域内の土地三七、二〇〇〇坪につき、大阪市都市計画区域内における宅地の利用を増進する目的をもつて、市街宅地に適合するように公園、広場、道路、下水溝を設置すると共に、地区内の土地の整理分合、交換等諸般の事業を施行し、仮換地使用指定処分を完了し、全地区に区画整理工事が完了していた。

このように本件土地を含む全地区の土地を宅地に適合すべく、南北に貫通する幅員二〇米の都市計画道路数本を中心として幅員最少六米のものに至る無数の道路が新設せられ、地区内の土地は、いずれも、これらの道路に面し、宅地として利用に適するように整然とした区画に整理せられ、地区内には公園、広場、道路、橋梁等が新設され優秀な住宅地に変貌してきたものである。右組合の工事は、昭和一八年五月ごろ全て完成しそのころ本換地処分がなされたのでそのころすでに本件土地は、農地性を喪失し、少くとも近い将来宅地化することが明らかであつた。かような状況の地区内にある本件各土地は、買収処分当時非農地であつたというべきである。

(2) 本件各土地は自創法五条五号該当地である。

本件土地がかりに農地としても、本件土地とその周囲部一帯の状況は大阪市の都心部にも近く、その周囲は、住宅街に接し、住宅工場官公庁学校等あいついで建設せられ、発展しているものであり、このような土地は農地よりも宅地として利用する方が国家社会に利益であり自作農を創設することは不合理であるから、本件土地は自創法第五条五号による買収除外の指定をすべき土地である。

(3) 本件各土地は非小作地である。

本件土地は、訴外亡三由寅吉にはもちろん何人にも賃貸したことはない。

しかるに右寅吉はあたかも正当な権利者の如く装つて、本件土地の買受申込をなし、大阪市城東農地委員会は何ら事実を調査することなく本件土地を自創法三条一項一号該当の不在地主の小作地として認定して買収売渡処分をしたものである。

(三)  右のとおり本件各土地の買収処分は無効であるから旧地主訴外亡榎村滝三は依然これが所有権を有していたところ、同人は昭和三〇年七月一〇日に死亡したので、その妻である原告榎村君子、その子である同榎村陽太郎、同西条衣子、同山野瑞枝がこれを相続し、また本件土地の売渡をうけた訴外亡三由寅吉は、昭和三五年三月一七日死亡したので各その子である被告三由文子、同桝原悦子及びその妻である訴外亡三由定子がそれぞれ相続人として被相続人の権利義務を承継し、第一、第三土地については右定子、文子、悦子が各三分の一宛の持分を有する所有権移転登記が昭和三六年一〇月二七日なされ、第二土地については悦子名義の所有権移転登記が同日なされた。さらに右三由定子は、昭和四〇年二月一日に死亡したので被告三由文子、同桝原悦子が右定子の相続人としてその権利義務を承継した。

(四)  訴外亡三由定子、被告三由文子、同桝原悦子は、本件第三土地を昭和三九年二月一日、被告丸楽紙業株式会社に売渡し、昭和三九年二月一七日その旨の所有権移転登記を経由した。

(五)  しかし前記原告らの主張の如く、本件各土地の買収ならびに売渡処分が無効である以上、売渡を受けた訴外亡三由寅吉においてこれが所有権を取得するに由なく、従つてその相続人である、訴外亡三由定子、被告三由、同桝原が本件第三土地を被告会社に譲渡し、その所有権移転登記を経由したとしても、それは無効というほかないのであるから原告らは被告らに対し夫々被告名義になされている各所有権移転登記の抹消登記手続を求めうべきところ(訴外亡三由定子の持分の抹消義務は被告三由文子同桝原悦子において相続)これにかえ被告らに対し請求の趣旨記載のとおりの所有権移転登記手続を求める。

(六)  被告三由、同桝原の本案前の主張に対する反論。

(1) 被告三由同桝原は、後記のとおり本案前の答弁として、不起訴の合意が成立したと主張する。しかし後記当庁昭和三六年(ワ)第三、一五六号事件(以下前訴という)の確定判決で不当利得金七六万三、二九四円の支払を受けたことは認めるが、右金額以外は今後一切請求しない旨約束した覚えはない。もし右の約束をしたとしても、これは右確定判決によつて支払を命ぜられている金員については満足し、それ以外の金員は請求しないという意味である。又もし被告ら主張のとおりだとしても、確定判決で無条件に支払うべき金員につき、被告ら主張の条件を付したのならばその条件は公序良俗に反し無効である。けだし確定判決で当然無条件に支払うべき金員につき、原告榎村陽太郎の無智に乗じて付せられたものであつて、正義に反するものだからである。

(2) 又、被告三由、同桝原は本訴に信義に反し訴権の乱用である、と主張する。

しかし前訴においては、原告榎村陽太郎は売買契約に基き、本件土地の返還を求めたものであるが、これは前訴において買収、ないし売渡処分の有効を自認したものではなく一番直截的な手段である一種の和解契約ないし示談契約的性格を有する右売買契約に基き、土地返還の一方法としてなされたものである。だから買収ないし売渡処分が無効とされれば右売買契約も成立していない状態になるからその基盤である買収ないし売渡処分の有効性を争うのは当然であつて、何ら信義則に反しない。

二、被告三由同桝原の本案前の答弁

(一)  原告榎村陽太郎はさきに三由定子、三由文子(本件被告)、同桝原悦子(本件被告)に対し主位的請求として本件各土地についての売買に基き所有権移転について知事の許可申請手続並許可を条件とする所有権移転登記請求ならびに予備的請求として売買無効の場合の右代金の不当利得返還請求訴訟(当庁昭和三六年(ワ)第三、一五六号事件大阪高裁昭和三八年(ネ)第一、一四六号事件以下これを前訴という)を提起し、そのうち不当利得返還請求が認容され、被告らは、昭和四二年一月三〇日右確定判決に基いて被告三由文子同桝原悦子は不当利得金七六三二九四円の支払を了した。而して右金額を支払う際原告榎村陽太郎と被告らとの間に本件各土地については今後一切請求しないという不起訴の合意が成立した。

(二)  原告は前記訴訟において、本件各土地は自創法に基き、適法に買収処分ならびに売渡処分がなされたことを前提として主張してきたものであり同一土地について既に判決の確定した訴訟で訴外亡三由寅吉への自創法による売渡処分の有効性を認めていながら、本件訴訟で該処分の無効性の主張をすることは信義則に反し又訴権の濫用である。

三、被告らの答弁

(被告三由同桝原)

請求原因(一)の事実は認め、(二)の事実は否認、(四)の事実は認める。

(三)のうち原告らの相続関係は否認する。その余は認める。

(被告丸楽紙業)

請求原因(一)(二)を否認し、(三)のうち原告らの相続関係は否認しその余を認め、(四)の事実を認める。

四、被告らの抗弁

(一)  訴外亡三由寅吉は昭和二四年七月二日大阪府知事から本件売渡処分の売渡通知書の交付を受け、本件各土地の自主占有を開始し、その際、自己が右各土地所有権を取得したものと信ずるにつき無過失であつた。

(二)  従つて、訴外亡三由寅吉の自主占有開始後一〇年を経過した昭和三四年七月二日ごろに、同人のために本件各土地につき、取得時効が完成した。

もしくは少くとも訴外亡三由寅吉が本件各土地の売渡代金を納入した昭和二五年一月二六日から訴外人は占有を継続しているので昭和三五年一月二六日には取得時効が完成している。

(三)  右三由寅吉は昭和三五年三月一七日に死亡したのでその妻である訴外亡三由定子、各その子である被告三由文子同桝原悦子がこれを相続し、又、右定子も昭和四〇年二月一日死亡したのでさらに被告三由文子、同桝原悦子が同人の相続分を相続し右二回の相続を経て右被告両名が本件各土地の占有を承継したものである。よつて、右被告らにおいて取得時効を援用する。

被告丸楽紙業株式会社は、被告三由文子同桝原悦子より第三土地を買つてその占有を承継したものであるが第三土地について右被告両名同様に取得時効を援用する。

(四)  以上のとおり被告らの取得時効援用の結果原告は本件各土地の所有権を確定的に失つた。

五、抗弁に対する原告らの答弁

訴外亡三由寅吉の本件各土地に関する占有の開始時期及びその継続の事実は認める。その余の事実は否認する。同訴外人は本件各土地の占有開始の際過失があつた。

六、原告らの再抗弁

原告ら先代亡榎村滝三は本件各土地を自作し、訴外亡三由寅吉を雇傭し、同訴外人をして耕作に従事させていたのである。右寅吉は本件買収処分当時の社会情勢から見て、本件各土地がいずれ違法に買収され、第三者に売渡されることを慮り、右滝三のため自己に買受資格がないことを知悉しながら一時便宜的に自己において売渡を受けておき、しかる後、機をみて滝三に返還することを意図して本件各土地の売渡を受けたものである。従つて、右寅吉がたとえ、右売渡処分を受けていたとしても、同訴外人は、右滝三のために本件土地を預つているという意識しかなかつたのであるから、本件各土地を他主占有していたにすぎない。

仮りに自主占有していたとしても、占有の始め悪意であつた。

七、再抗弁に対する被告らの答弁

全て否認する。

第三、証拠(省略)

理由

(本案前の判断)

一、成立に争のない乙第二号証によるも被告三由文子、同桝原悦子主張の本訴について不起訴の合意はこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠がない。

二、被告三由、同桝原は、本訴は、信義則に反し訴権を乱用するものであると主張する。しかしこれを認めるに足りる証拠はない。

成立に争いのない乙第三ないし第五号証によれば、被告主張の前訴において、前訴原告榎村陽太郎は本件各土地について自創法に基く買収処分が行われたうえ、訴外亡三由寅吉に売渡処分がなされた旨の主張をしているが、右事件は右原告が右寅吉に対し、当事者間に締結された昭和三〇年五月付本件各土地の売買契約に基き、農地法所定の許可申請手続と右許可を条件とする所有権移転登記手続を求め、予備的に右契約が無効の場合原告が既に右寅吉に給付済の売買代金を不当利得として、返還を求める訴であることが認められる。すると右訴訟で争があるのは、右昭和三〇年五月付売買契約の有効性であつてこれに先立つ買収処分ないし売渡処分は右原告において本件土地の経緯として述べられたもので必らずしもこれにより同人に対し、右原告が該処分の有効性を認めたものとはいい難い。

従つて前訴で右主張があつたことをとらえて本訴原告らが本訴で右買収、売渡処分の無効を主張し、これを前提として本訴を提起することは信義則に反するという被告らの主張は理由がない。

(本案の判断)

一、請求原因(一)の事実は原告と被告三由文子同桝原悦子との間に争がなく、原告と被告丸楽紙業株式会社との間では、弁論の全趣旨によつてこれを認める。

二、そこでその余の請求原因についての判断はさておいて被告らの時効の抗弁について判断する。

(一)訴外亡三由寅吉が昭和二四年七月二日大阪府知事より、本件各土地について自創法一六条による売渡通知書の交付を受けて占有を開始しその後、占有を継続したことは当事者間に争いがない。

ところで原告らは、右寅吉は、右占有開始の際他主占有であつたと主張するが占有の始め所有の意思があつたか否かは占有取得の原因たる事実によつて、外形的客観的に定められるべきものであるところ、訴外寅吉は自創法による売渡処分をうけたこと前示のとおりであるからこれを受けた者に所有権を取得させることを目的とする売渡処分の性質上、右寅吉は右売渡処分により自主占有を開始したものというべきである。そして、右売渡をうけた当時原告ら主張のように右寅吉において訴外榎村滝三のために本件土地を預る意図で右売渡処分をうけたものであるというような事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  つぎに訴外亡三由寅吉が占有のはじめ善意無過失であつたかどうか判断する。

およそ自創法に基き、自己の耕作地を政府より農地として売渡処分を受けて該土地の占有を始めた者は、特段の事情のない限り、右占有開始の際善意でありかつ無過失であるというべきである。

すなわち、一般に農地の買収処分が非農地、非小作地、自創法五条五号該当地であることを看過してなされた点に無効又は取消原因たる瑕疵があつたとしても、買収処分、ないし売渡処分は政府がこれを行うものであるから、売渡を受けた者は、特段の事情のない限りその売渡処分に瑕疵のないことまで確めなくとも、所有者と信じるにつき過失があるとはいえない。けだし右瑕疵の認識自体には相当程度の法律知識と判断能力ならびに時としては周到な調査資料を要し、これなくしては容易に判断し難い事柄であるので、右買収処分ないし売渡処分に右のような瑕疵がないことまで確めなければ所有者となつたと信ずるにつき過失があるというのは余程特別の事情のない限り一般人には難きをしいるものといわなければならないからである。今これを本件についてみるに、証人藤田竹三郎、同三由辰次郎の各証言によれば、訴外亡三由寅吉は本件土地を、昭和一五年ごろより、買収処分があつた当時まで耕作していた農夫であつて、原告らの先代榎村滝三方へ小作料として、白米約四斗位を支払つていた事実が認められる(これに反する証人増田幸三郎の証言ならびに原告榎村君子本人尋問の結果は採用しない)。

してみれば本件土地の売渡処分を受けた訴外亡三由寅吉に特に前示のような一般人以上の法律知識ないし判断能力があつたことは到底認められないし、他に右寅吉に悪意又は有過失と認むべき特段の事情も認められない。

そうだとすると右寅吉は、本件土地占有のはじめ善意無過失であつたというべきであつて原告の再抗弁は理由がなく被告らの抗弁のうち無過失の点は理由がある。

(三)  そうであるとすると訴外亡寅吉の自主占有開始後一〇年を経過した昭和三四年七月二日同訴外人のもとにおいて、取得時効が完成したことになる。従つて本訴における、被告らの右時効の援用により同人らは、関係各本件土地の所有権を原始取得し、反面原告らは本件各土地の所有権を確定的に失い、所有権回復の余地を失つたことになる。

三、以上の次第で原告らが本件各土地の買収処分の無効を原因としてその所有権に基く本訴請求は、いずれも、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし民事訴訟法第八九条、同法第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

第一

大阪市城東区北中浜町五丁目七番地

一、田 八二九・七五平方米(八畝一一歩)

同所一四番地

一、田 二二四・七九平方米(二畝〇八歩)

第二

大阪市城東区北中浜町五丁目七番地の一

一、田 八七六・〇三平方米(八畝二五歩)

第三

大阪市城東区天王田町四丁目一一番地の二

一、田 一四五・四五平方米(壱畝一四歩)

(昭和三八年七月二九日同所一一番地田三五〇・四一平方米―三畝一六歩―から分筆されたものである。)

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